無料で提供、利用していただけるなら

6月になると、地元の東金市社会福祉協議会の主催で「福祉バザー」が行われます。市民が押し入れの中にある使わないものを提供し、その売上を福祉活動に役立てるというものです。福祉資金集めに役立つだけでなく、ゴミになる前に使えるものをリユースすることで、ものを大切にすることにもつながっています。洗剤やトイレットペーパー、マスクなどの消耗品から、米やタケノコ、醤油といった食料品、ぬいぐるみやかばん、服、靴下まで幅広く出品されます。値付けや展示などの準備は、ほとんどボランティアが担ってくれており、できる限りコストを下げ、安く提供しています。

最近では、家庭で不要になったけれどもまだ使えるものを、地域のコミュニティ内で譲り合う「ジモティー」という仕組みが、多くの自治体で普及してきました。行政のゴミ処理の減少に役立っているといいます。こうした流れをみて、私たちの業界でも、建物を含めた不動産が「無料」になる時代が来るのではないかと感じています。他の物品と比較した不動産の欠点は、所有しているだけで経済的な負担が生じることです。税金はそれほどではないにしても、維持管理費用は馬鹿になりません。


例えば、私が住んでいる九十九里浜の近くでは、50年ほどたった分譲地が驚くほど放置されています。そのほとんどを、首都圏在住の元サラリーマンが所有しています。将来のためにと土地を購入したものの、定年退職を迎えても移住することはないのです。中には、所有者が亡くなり、地縁もない相続人が引き継いでいるケースもあります。年に数回の草刈りだけでもそれなりの費用がかかるため、このような宅地は今や無料でも取引できない状況になっています。建物がある場合は、維持管理の手間やコストがさらにかかるため、もっと悲惨な状況にあります。リゾートマンションや別荘などが放置されているケースも見受けられるのです。これらは、無料どころかお金を払ってでも引き取ってもらえないこともあるのです。

こうした状況を目の当たりにすると、価値観が変わりますね。他人が使えるモノには価値がありますが、他人が使えないモノには、全く価値がありません。本人が使っている間は良くても、いったん使わなくなると、価値がゼロになるどころかマイナスになることさえあるのです。特に、高価な住宅や土地といった不動産は、慎重に検討する必要があります。数十年後のことを予想することは不可能だとはいいますが、「自分たちさえよければいい」とこだわりすぎた注文住宅を建てたり、解体やリフォームが難しいコンクリートや鉄骨造の住宅を選んだりすると、将来的には間違いなく利用価値がなくなり、負の遺産になる可能性が極めて高いのです。そういう意味でも、大都市で分譲され続けている高層マンションは、価格、維持管理費、解体費も高額であり、十数年後もコミュニティや建物を維持できるのか心配になります。そのような住宅を、子供たちの世代は、引き継いでくれるのでしょうか。少子高齢化が進み、世帯数が大幅に減少する時代が来るのですから。

勝手ながら、今後、住宅・建築業界は、次世代が引き継がないと思われるような場所に建築物を「作らない」もしくは「別の形で利活用できる」変更可能な工法にすべきだと思うのです。社会全体で負の遺産を作らないようにしていかなければ、使われない建築物や分譲地が、十数年後には山のように残ってしまうでしょう。もちろん、今ある住宅や建築は活用されているのですから、リフォームや修繕は必要不可欠です。

しかし、そのくらい思い切った制度やマインドセットを作っていかないと、スクラップが増えるばかりで、子どもたちや孫の世代に負の遺産を背負わせることになってしまいます。将来、ほとんど使われないエリアに、今なお新幹線や高速道路、下水道を整備し続けていることに対しても、同じように危機感を覚えるのです。


