よい子が育つ家づくり
40歳代になったころ、長女が中学生になりました。ちょうどそのころは、父親と口を利くのも嫌なのか、会話がずいぶん減少した時期をむかえていたのです。中学校の担任と父兄が面談をする場面があり、先生の問いかけに、思わず「最近、娘が口もきいてくれない、どう対処したらいいのか」と質問をしたこともあるほどです。その時は、数人いた他の父親からも「我が家も同じ」と同意を得て、皆で苦笑いをしたほどです。そんな時期に「いい子が育つ家はどんな住まいなのか」「住まいは、子育てに大きく影響しているのではないか」と考えるようになり、そして「子育てすてき住宅研究会」を立ち上げたのです。
研究会の中でいろいろ調べていくうちに、『子どもをゆがませる「間取り」』という本を見つけ、直ぐに著者である横山設計事務所を訪問して、いろいろな話を聞きました。私自身も、住宅設計者として「間取りを安易に提案しているのではないか」と反省するほど刺激を受けたのです。同時に、事件を起こす人たちが子供時代にどのように生活し、どのような家で育ったのか、調べてみたのです。一方で、事件を起こす、引きこもりを起こすような子供たちがなぜ出てくるのかを調べていくうちに、静岡大学教育学部の外山知徳教授に話を聞くチャンスを得たのです。
二人の本や話を通じて自分なりに解釈すると、2歳から7歳ぐらいまでの脳が発達する過程で、情緒を左右する部位が育つのです。その時期の環境や育て方がその後の人間形成に大きく影響するため、住まいの間取りが重要なファクターとなるのです。子どもたちにとって、「住まいに居る時間」が大部分であり、他に影響するような空間環境はまだ少ないからです。だからこそ、住まいそのものを大事にしなければならないのです。
その時期を逃すと、情緒を左右する脳の部位は育たないと言います。脳が育たないと、大人になってから増えていく情緒を制御できなくなり、不安定な状況になりやすい。そうなるからか、社会から疎外され、事件を起こす要因の一つになる可能性が高いと思ったのです。いくら勉強ができても、他人に迷惑をかけ、事件を起こすような大人には育ってほしくないのは、父親、母親の切なる願いです。子育てにおいて、住まいの間取りや環境が最も重要なことだと知ったのです。
子育てすてき住宅研究会で、「初めての住まいづくり」「よい子が育つ住まいづくり」といった消費者向けのセミナーの開催、小冊子をつくって配布するようにしたのは、一戸建住宅(マンションでは間取りの自由が利かない)を持つことによって、より家族の幸せを掴みやすくなると思っていたからです。子育てが夫婦にとって最も重要なことであり、ほとんどの人がそのために家を求めるからです。口コミもあり、住宅会社の消費者向けに開催するだけでなく、女子校の家政科で授業をしたり、家政科の先生たちとの勉強会も行っていました。転勤もあり、それらを継続することができなくなってしまったのですが、今でも間取りづくりでは活用しています。
例えば、①玄関からリビングを経由して個室に(いやでも顔を合わせる導線)、②子ども部屋はできる限り小さく、簡単に与えない、③キッチンからみんなが見える(背中を見せない)、④勉強はリビングスペースで、⑤2階のトイレは子供の気配が感じる場所に、⑥リビングや子ども部屋から自然を感じるように、⑦洗面やトイレを充実、⑧立体空間を活用するなどです。すべては書ききれませんが、参考にしてみてください。一つひとつの空間に意味を持たせるのです。
残念ながら、この学びをしていた時には、私の子育ては終わってしまっていました。現在は、子ども夫婦がちょうど子育てをしている時期です。子どもが二歳になったときに、もともと二人で住んでいた場所から引っ越しをしてもらったのです。賃貸住宅ではありますが、一戸建賃貸(一階が事務所)であり、上記に書いているポイントがほとんど入っています。そのようなラッキーさもありますが、みんなが集まるリビングが充実している(居心地が良い)ことから、入居を勧めたのです。この子(孫)がどのように育つのか、見届けてみたいと思います。