南側に14階建てのマンションがある25坪の土地を有効に

飯岡様と家づくりをすることになったのは、木造建築を勧める飯岡様の担当銀行員からの紹介がきっかけです。飯岡様は、お父さんの時代から賃貸管理業を家業とし、賃貸マンションやビルを数棟持っていました。いろいろな土地やビルなどがあったので、専門の管理会社を利用しており、色々な提案を受けながら賃貸業を進めてきたようです。しかし、今回の土地は、難度が高く悩んでいました。赤羽駅から10分程度で、公園も近く、住環境に優れた立地ではあるものの、北道路に7m程度面している約25坪のいわゆる狭小宅地です。南側は14階建てのマンションがあり、西側は自社所有の古い賃貸ビルと接しています。将来は、古いビルと一宅地利用をすれば、それなりの賃貸ビルを建築することも可能ですから、解体しやすい木造を選択肢に入れたのです。

 初めて提案する地域であったため、市場調査を慎重に行いました。まず、地元で力のある賃貸管理会社を銀行に紹介いただき聞き取りを実施したところ、ワンルームとファミリータイプの需要と供給のバランスが、ことごとく崩れていると感じたのです。賃貸管理会社は、「もう、ワンルームはつくってほしくない」と言うのです。そこで、周りの空き室状況などから商品を提案することにしました。

赤羽は、新婚さん向けの商品が不足しており、「川口や浦和まで足を延ばさないとならない」とのことで、駅徒歩10分以内はシングル向けがほとんどなのです。そこで、小さくても新婚さんが住める大きさを提案することにしました。防火地域であったこともあり、木造のメリットを最大限に活用するには、準耐火構造で対応できる床面積100㎡以下、2階建てにする必要がありました。そのため、1戸15坪弱のメゾネット型タイプにして、角部屋2戸の企画にしたのです。ロフトをつくり収納面積を確保しました。玄関、リビングは北向きですが、東と西にも窓を設置することで、彩光を確保しました。メゾネット2戸ですから、上下階や隣の音も最小限にできるのです。飯岡様は、銀行担当者と協議を重ね、賃貸業のプロとしてご決断いただいたのです。

 飯岡様と打ち合わせを兼ねて自社の賃貸マンションを訪問するなかで、先代のお父様とも会話するようになりました。戦前の赤羽は畑が多く残り、苦労されて農地を手に入れたようです。高度成長時代とともに開発が進み、賃貸管理業へと変わっていったようです。その昔話は非常に面白く、私にとって不動産ビジネスに参考になったことは言うまでもありません。

着工して4カ月後に引き渡しをしました。今までの木造賃貸アパートとは全く違い、住宅性能では、耐震性、断熱性が最高等級を取得するだけの仕様なので、快適であるのは当然なのですが、完成見学会では、飯岡様家族だけでなく、賃貸管理会社の社員や銀行担当者もその快適さに驚いていたようです。しかも、その快適さから、2戸のうち1戸は、息子が結婚するということで住むようになったのです。自宅も近い自社物件ですから、親としては一石二鳥になり、楽しそうな笑顔を見ることになったのです。

 その後、飯岡様とのお付き合いは長くなり、小学校からの幼馴染の家の建て替え、店子の住まいづくり、駐車場の有効活用など、狭小地といえば「鈴木さん」ということで、ご紹介を頂けるようになったのです。 まだまだ、続きあります。

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